祇園祭の占出山
占出山(うらでやま)は、祇園祭の前祭で巡行する舁山(かきやま)の一つです。神体は神功皇后で、右手に釣り竿を、左手に釣り上げた鮎を持つことから、別名「鮎釣り山」とも呼ばれます。
神功皇后が肥前国松浦で釣ったアユで戦勝を占ったという故事にちなんでおり、占出山には、アユがデザインされた装飾品が用いられています。
魯山人が絶賛した美味しい鮎
御所へ献上
令和大嘗祭大饗の儀へ干鮎を供納
令和大嘗祭では、京都府が主基地方に選ばれました。京都府内水面漁業協同組合連合会では、上桂川と美山川で釣獲された天然アユ100尾を干鮎に加工、大嘗祭大饗の儀(令和元年11月16、18日)に献物として供納しました。
舞妓鮎
研究フィールド、研究者たち
・宮地傳三郎(京都大学名誉教授)「アユの話」
・川那部浩哉(京都大学名誉教授)「川と湖の魚たち」「生物と環境-川魚の生態を中心に」
・京都府北部の宇川(京丹後市)
京都大学理学部の宮地傳三郎が主体となって、1950年(昭和25年)に水産庁によるアユの放流基準密度策定事業が始まりました。そのため、日本国内で初めてアユの研究・調査が行なわれた河川として、宇川の名前は全国的に知られるようになりました。
その後、1955年(昭和30年)には京都大学の淡水生物研究河川(フィールド)として、アユのなわばり行動と生息密度の関係など、日本海から遡上するアユの生態研究が行われました。